2010年9月30日木曜日

温泉OFFへの手紙(基本、関係者向け)

毎年、温泉OFFというものを行っている。


これは、長野にある中棚温泉という宿で毎年行われるOFF会で、すでに20年ほどの歴史を持つ会合である。
もともと温泉OFFは、「同じ趣味(物書き)の仲間と泊まりがけで騒いだら楽しい」「ついでに温泉も入れたら最高」という、単なる私のわがままから始まったイベントだった。
また、当時は物書きの活動も活発で、それについての「情報交換の場」でもあった。

 

ところが私にとって、その温泉OFFの存在は最初と現在では大きく違っている。



今の私にとって、温泉OFFとは「確認イベント」である。

 

最初は、そんなに長く続くとは思わない宴会の延長だったのかもしれない。
しかし、古き参加者であり故人である「嵯峨英樹」氏にとっては、もう少し深い意味があったようだ。
彼は温泉OFFを「ご褒美」と呼んでいた。
毎日がんばる自分の骨休め&リフレッシュの場であると。
しかし、宴会好きな彼にとっては、年に一度のご褒美では足らなかった。

 

そこで彼は変革を起こす。

彼は「年二回」にするべきたと主張し、自ら幹事を買ってでて、その形の基礎を作ったのだ。
これにより温泉OFFはさらに活発化したのはまちがいない。

ただし、このように回数が増えると、毎回参加できなくなる者も多くなる。
活発化もするが衰退化も早いと言うことだ。

私もその一人で、途中から年に二回は参加しなくなった。ただし、最初のポリシーから「毎年一回は温泉OFFに参加する」としていたので、その意味では皆勤賞を守っている。
第一回当時から年一回を欠かさず通っているのは、主幹事の篠崎砂美さんと私だけじゃないだろうか。

 

それはともかく、これだけ長期のイベントになるとメンバーの移り変わりも激しくなる。
学生も社会人になる。
独り者も家族を持つ。
若くして旅立ってしまう人もいる。
物書きも少なくなった。
毎年来る参加メンバーの観光もだんだん飽きがきた。
それを象徴するように、ゲーム会が行われたり、酒の品評会が行われたりと、よくわからない「宴会」に変化していった。

 

そう。
私にとっての最初の目的は、すでに今の温泉OFFにはあまりなくなっていたのだ。

 

しかし。
それでも私としては、温泉OFFを続けていきたい。

それは最初に言ったとおり、これを続けることで多くのことを「確認」できるからだ。

久々に会う友人たちの生存とつながりを確認できる。
そんな旧知の仲にも新しいつながりがあることが確認できる。
そしてなにより、「今年も来ることができた」という自分の幸せを確認することができる。
なんとなく、自分にとって毎年、温泉OFFに参加する(中棚荘に来る)ということは、自分がなんだかんだと言っても幸せに暮らしていることの証明のように感じているのだ。
だからなのかもしれない。
金がなくても、忙しくても、例え一泊でも温泉OFFに毎年なんとしても行くようにしている。
そして温泉につかることで、自分の心を確認している。
ゆっくりと温泉に今年も浸かれたと、その幸せを確認している。

 

ところがぎっちょん。

今年は私がまだ温泉OFFに参加していないにもかかわらず、秋の温泉OFFは中止になってしまった。
ここに細かいことは書かないが、要因はいろいろあると思う。
しかし一言で言えば、この会合はまた変革をしなければならない時に来たのだと思う。

長い期間、頑張ってくれた篠崎砂美さんを始め、ここまで続けてきた幹事の人たちの努力には最大の感謝を述べたい。

ありがとう。

だが、ここで新しい体制作りを提案したい。
また、できるならばそのための力をお借りしたい。

もちろん、これには他の温泉OFF参加メンバーにもご尽力頂きたい。
古い人間ではなく、幹事にも若い力が必要なのだ。

私自身も、年に一回の開催ならば、積極的に活動に参加することもやぶさかではない。
せっかくここまで続いたものなのだから、できるなら自分の子供にまで伝えてみたいのだ。

 

とりあえず、今年は個人的に秋の温泉OFFを行う。
例え金がなくて日帰りになったとしてもこれだけは続けたい。
行かないと不幸な気分になる……変なジンクスかもしれないが。


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