2002年2月4日月曜日

「ですが止め」?(概夢戯言から転載)

のびちゃんから、「“ですが止め”が気になる」と言われました。
そう。私の垂れ流している戯言にはよく「ですが」で止めてしまう助詞止め法が使われています。
のびちゃん曰く「オタクっぽい」文章だそうです。
確かに私はオタク系のベクトルはもっていますからね。(笑)
ただ、それはのびちゃんの完全な私見で根拠はないそうです。
というわけで、オタクかどうかはともかく、確かにあまりきれいな日本語とは言えません。
それどころか、マニュアルや論文などを書くときには「使ってはいけない」書き方だと思います。
で・す・が、口語体の文章ではときどき出てきますね。
前回の私の戯言を見ると……おお、3回も使っています。
これはさすがに使いすぎかもしれません。
きっと、のびちゃんの中では私は「オタク」です。




本当は違うんですけどね~。(笑)

あまり細かいことは気にせずに戯言は書いていますが(なにしろ、「ですます調」と「である調」さえも気にしていない節があるからねー)、ネタになりそうなので少し書いてみます。
基本的には読者に続きを想像させる書き方が助詞止め。(これは体言止め)
つまり読者に想像できない(というより、著者の見解とあまりに違う想像ができてしまう)使い方はしてはいけないことになります。 これは体言止めにも言えることでしょう。例えば、上の体言止めに「じゃない」と文をつなげると反対の意味になってしまいます。でも、普通は「です」と脳内で補完するでしょう。
ちょっとおもしろそうなので、前回の戯言から抜き出してみます。
細かく見ると、使用意図が細かく違うことがわかります。

 

今までゴールドなどなったことない私ですから、そろそろゴールド免許になってみたいものです。
どうしても簡単にはならせてくれないわけですが……。

 

これは「どうなるかわかりません」「今度はきっと取れるでしょう」「今度もきっと取れないでしょう」というまさしく「不確定要素」を表していると思います。
しかし、補完するなら「がんばってみます」というような意味合いが前の文から一番しっくりと読み取れるのではないでしょうか。
それをあえて書かないのは、「がんばってみます」の意志や実行さえもあやふやに感じます。
きっとそうなのでしょう。(笑)

 

まあ、すぐに肩に来るので、1日2~3ミッションクリアしかやらないことにしました。
と言っても、もう今週はやる暇がないのですが。

 

これは不確定要素ではありません。文章の入れ替えが行われています。
本来は「もう今週はやる暇がないのですが、今後は1日2~3ミッションクリアしかやらないことにしました」というような文章になるでしょう。しかし、思考の流れ的にはこの文では正しくありません。
そこで入れ替えることで、口頭で語っている口調のように「後で思い出して付け足した」というような書き方です。
「決めた」→「障害があることを思い出した」という実際の時間の流れに合わせた思考を表しています。

節分、バレンタインデーといろいろとイベントが続きますが、それは放置で3月半ばぐらいに食事会とかやりたいですね。
花見もいいのですが……。

 

これもまた不確定要素を表している部分もあるのですが、どちらかというと「感情表現」のが強いでしょう。
「花見もいいのですが、他のパーティも(が)いい」という意思表示を暗に表しています。
はっきりと書かないことで、「迷っている」ということ表現していると言えるでしょう。
「パーティも」なのか「パーティが」なのかは、読者に想像を任せています。
それによって大きく意味が変わるわけですが、どちらにしてもあまり「花見」に「すごく気乗りしているわけではない」という雰囲気は伝わります。
まあ、私のことですから、花見なら花見で楽しむことでしょうね。(笑)

他に例えば、掲示板やメールで「Aの意見が正しいか、Bの意見が正しいか」という「言い合い」になったときに、「Aだとは思うのですが」と答えることで、「自分はAだと思う」「しかし、Bの意見を完全に否定するわけではない」のような受け流しができる隙を作り、強い論調で言い合いを避けるような使われ方をすることもあります。
もちろん、「Aも正しいとは思うのですが」と言い換えることで、Aの意見の一部を認めて「本当はBが正しい」と思っていることを暗に示したりもできます。

私の個人的な経験談ですが、「強い意見には反発も強くなりやすい」という心情がよく見られます。
「Aが正しい」と言い切ってしまうと、Bが正しいと思っていた相手が「もしかしてAかも」と思っていてもつい反発したくなったりします。
もちろん、どう考えてもBが正しい余地が0%であるならばいいのですが、考え方などの論議の場合は一歩引いて相手に逃げ道を与えて話を進め、少しずつAに誘導するのにも手段の一つだと思っています。
どちらにしても、使い方次第では誤解を招き、危険性も含む書き方です。
個人的には理系の人は毛嫌いする文章だと思います。
また、助詞止めは多用すると文章自体に締まりがなくなります。
多用は避けるべきでしょう。

でも、使いどころによっては便利な書き方かもしれません。
(自分にも逃げ道ができますからね……)

 

Comments

2005/02/03 19:22

あわわ。マジメに分析していただきありがとうございます。
”ですが止め”って、オタクっぽいかどうかはともかくとして、どうも好きじゃないのです。なんで好きじゃないのかなぁ???ちょっと事例を元に考えてみることにしましょう。
事例1:世間と自分の対比
「世間一般的には●●萌えだよね~私は○○派なわけですが」
自分は世間と違う!ってことを暗にアピールしたい場合に使ってると考えられます。しかし、後ろのはあくまでもおまけ。文章的には前の●●萌えが主役になってます。
事例2:希望と現実の対比
「レベル99まであげたい!といっても、キャップがあるので無理なわけですが」
希望で盛り上げ、現実で落とすという順序。間違ってはいないけど、最後に諦めが来るので、なんかちょっぴり暗いかなぁと思います。
事例3:くやしまぎれ
「録画忘れた!見ないからいいのですが」
文章にするぐらいだから、本当はちょっぴり悔しいんですよ。別にいい、ならそもそも書かないですもん。
以上3つの事例。なんだか感じるものはありませんか?
多分、否定的な文章が後ろに来るので、伝えたいメッセージが曖昧になってしまうのです。そんな、ひとりツッコミ的なところがなんとなくオタクっぽいと感じてしまったのかも知れません。しかし、日本語って最後に結論が来る言語。それがはっきり感じられないと締まらないですよね。
上記の例も、自分ならこう書きます。
改変1:自分を強調
「世間一般的には●●萌えなんだけど、私は○○のほうが絶対萌え」
世間の波に逆らってでも○○に萌えている気持ちが明確に伝わります。
改変2:希望を強調
「キャップがあるから無理とは分かってるけど、レベル99まで上げたい!」
無理を押してでも99まで上げたいという気持ちが明確に伝わります。
改変3:くやしさを強調
「録画忘れた!どうせ見ないとはいえ、ちょっぴりクヤシー」
飾らない本心で感情を素直に表現してますね。”忘れた”の後ろのエクスクラメーションマークが生きてきます。
言い忘れをフィードバックするのは口語では普通ですが、文章となるとやっぱりちょっとカッコ悪くなるとおもいます。作文したら一回見直して、妙な倒置になっているところは順序を直すぐらいの余裕を持ちたいものですね♪
と書いていたら、まさにGUYM氏の最後のコメントに”ですが止め”の変形を発見!
事例4:ですが、ではないですが。
>また、助詞止めは多用すると文章自体に締まりがなくなります。
>多用は避けるべきでしょう。
>でも、使いどころによっては便利な書き方かもしれません。
>(自分にも逃げ道ができますからね……)
これっすよこれ。順序が違います!
改変4:順序変えてみた。
自分にも逃げ道ができますから、使いどころによっては便利な書き方かもしれません。しかし、助詞止めは多用すると文章自体に締まりがなくなります。多用は避けるべきでしょう。
と書くべきだと思うんですよ(><;。日本語は最後に結論。あと、カッコはなるべく使わない。どうですか?

 

2005/02/03 21:09

>あわわ。マジメに分析していただきありがとうございます。
いや、単におもしろかったので書いただけです。
よっぽどのびちゃんのがまじめに分析していますね。(笑)
>以上3つの事例。なんだか感じるものはありませんか?
>多分、否定的な文章が後ろに来るので、伝えたいメッセージが曖昧になってしまうのです。そんな、ひとりツッコミ的なところがなんとなくオタクっぽいと感じてしまったのかも知れません。しかし、日本語って最後に結論が来る言語。それがはっきり感じられないと締まらないですよね。
本文にも書きましたが、これは感情表現の手法だと思っています。
メッセージを曖昧にしたいんです。
不安、否定的な微妙な気持ちを表すためのものです。
「しまりがない」に関しては、私も本文で書いているとおり同意ですが、使用場所を気にして、多用しなければ効果的だと思います。
ひとりつっこみ的でオタクっぽいには同意できません。
日記には、自分の心情をつづって、自分の心情を整理する役目もあると思います。そこから言えば、ひとりつっこみものだと思います。
また、「日本語は結論が最後に来る言語」というのは正しいのですが、「正しいだけではつまらない」というのが本音です。
これは技術がある人が言うべき言葉で、私ごときが言う言葉ではないのかもしれません。
でも、それがなければ物書きなんて機械に任せれば最終的にはいいと思うんですよ。
正しい日本語だけで表現できない心情、キャラクター、物事もあるのではないかと思っています。
以下は、その理論から「私が勝手に心情を察した表現」を元に書いています。
>改変1:自分を強調
>「世間一般的には●●萌えなんだけど、私は○○のほうが絶対萌え」
>世間の波に逆らってでも○○に萌えている気持ちが明確に伝わります。
これでは、まったく気持ちが違ってしまうと私は思います。
もし、このようにリライトされたら怒りますね。
何を読んでいるのかと聞きたいです。
なぜなら、これを言った人の本当の感情はそこにはないと思うのです。
のびちゃんが最初に書いたとおり、言った人の主旨は「文章的には前の●●萌えが主役になってます」で正しいと思うからです。
言った人は、単に自分の趣味も少しは知ってもらいたい程度の軽いアピールをしたかったと考えます。
それは確かに自己主張ですが、その台詞から強く自分の萌えについての話題を振りたかったわけではないのです。
また、彼は「世間の波に逆らってでも」というような強い気持ちはありません。
自分の趣と違うことに対して興味を持っていないという心情が伺えます。
これは「わけですが」が投げやりな感情を表していると感じられるからです。
>改変2:希望を強調
>「キャップがあるから無理とは分かってるけど、レベル99まで上げたい!」
>無理を押してでも99まで上げたいという気持ちが明確に伝わります。
>
>改変3:くやしさを強調
>「録画忘れた!どうせ見ないとはいえ、ちょっぴりクヤシー」
>飾らない本心で感情を素直に表現してますね。”忘れた”の後ろのエクスクラメーションマークが生きてきます。
これらは事例1も含めてすべて同じ例で、言っている人に「なげやり」「あきらめ」「くやしさ」的なマイナス方向の気持ちがあることを表す使い方をしています。
事例2はのびちゃんも書いている通り、「暗い気持ち」を表しています。
それでいいんです。
改変2のようにしては、暗い気持ちは伝わりません。
また、事例3もちょびっと悔しいんです。
そして、同時にちょっとすねた気持ちもある。
改変3にしては、それは伝わりません。
私からみると、のびちゃんの改変は「心情を改変」しています。
この例だけ見ると、私には「のびちゃんが単にマイナス思考の文章が嫌だ」と言っているように見えます。
>言い忘れをフィードバックするのは口語では普通ですが、文章となるとやっぱりちょっとカッコ悪くなるとおもいます。作文したら一回見直して、妙な倒置になっているところは順序を直すぐらいの余裕を持ちたいものですね♪
順序を入れ替えるのは、私の持論から言えばテクニックの一つです。
論文じゃありません。
マニュアルでもありません。
法文でもありません。
読み物や友達へのメール等として考えた場合に、問題部分が必ずしも「妙な倒置になっている」とは言えないと思うのです。
もちろん、使いどころが悪ければそれはよくありません。
ちなみに、「余裕を持ちたいものですね」と言われても余裕はありません。
戯言に関しては、前にも書きましたが誤字脱字の推敲さえ特にしていません。
だって、ほとんどが仕事中ですからwwwww(FFXI風表現)
>と書いていたら、まさにGUYM氏の最後のコメントに”ですが止め”の変形を発見!
>これっすよこれ。順序が違います!
違います。
( )の所は、その他の部分と「別パーツ」なのです。
その他の部分は、一般論。
( )の部分は、私の理論です。
「自分にも逃げ道ができます」というのは、公明正大に言いたい言葉ではありません。
建前と本音みたいなものです。
そのため、本文には組み込みたくないわけです。
>と書くべきだと思うんですよ(><;。日本語は最後に結論。あと、カッコはなるべく使わない。どうですか?
私は括弧を本文と距離を置きたい時に使います。
日本語として正しさを求めるならば、私は括弧より、顔文字や♪を本来避けるべきだと思います。
ただ、表現力という意味では、グラフィカル(?)になり強まることはまちがいありません。ある意味で、文章よりも気持ちが伝わりやすいと思います。
ですから、私はブログ等での顔文字使用等には反対しませんし、ものによっては多用しています。(FFブログ等)
先日、某元編集者さんと話していた時、「!や?も日本語ではない」と言われました。
もちろん、「~(長音)」もです。
勘違いしそうですが、確かにその通りです。
正しい日本語文章としてなら、当然使うべきではありません。
正しい日本語文章は、きれい事を言えば全員が考えるべきことかもしれません。
でも、私はあえて言うなら、「あまり気にするな」派です。
考えることは良いことで、綺麗な文章を書くことも技術として素晴らしいことです。
それに携わっている人は、当たり前ですが常に考えていることでしょう。
私は例外ですが!!(おひ!)
この長い書き込みを読んでいる人は、きっと多少なりとも文章というものに興味がある人でしょう。
自分なりに「正しい日本語」と「自分の文章」を考えてみるのは良いことかもしれません。
良いまとまり方だ……。(笑)

 

2005/02/03 22:28

補足。
最後の……
>私は例外ですが!!(おひ!)
この使い方は強調だと思います。(笑)

 

2005/02/03 22:37

追記。
もしかして、ひとりつっこみがどうのという話ではなく、「マイナス思考の文章→暗い性格→オタク?」という連想なのかとも思った。(笑)

 

2005/02/04 00:22

オレ(私のこと)カッコ書き多いス。
ハンドルにも()カッコ(なにしろ(か)だから)多いし(笑)
- 喋ってる言葉と同じで推敲なんてやらずに
殆ど反射的に書いている。しかもヘタ。
- 喋ってるまま(のつもり)で書くことによって
臨場感が生れるって言うか、リアルタイム感が出る
(ような気がする)
- だから、「ですます」も「である・だ」もゴチャマゼ
正しい日本語ではないが、こういうスタイルなんだと思う。
・・・読みにくいか~。


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